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実例から学ぶ! 中小企業マーケティングの新鉄則(第19回) 「差がない」と「ほとんど差がない」は違う!(北の屋台、十勝乃長屋)

ノウハウ

2019年3月20日 10:34   8

もう10年以上前の話になります。雑誌編集長として、私は、家電製品やクルマなどの商品チェック、あるいはシティホテルなどのサービスチェックに、毎月携わっていました。

あるときに気づきました。チェックするためにずらりと並べた各社の商品を見ていて、ハッとした。「差がない」というのと「ほとんど差がない」というのは大違いなんですね。

機能面に「全く差がない」のなら、消費者にすれば、あとはメーカーの好みなどで選べばそれで済みます。でも実際にはそんなことはない。たとえ微細なものであっても「差は存在している」のです。それを「重箱の隅を突くような記事を書いて…」と批判されることもありましたが、私は決して「重箱の隅」とは思わなかった。そうした「微細な差」が、実は使い勝手や、ひいては購入満足度に大きな影響があることがわかったからです。

たとえば、あることをなすために、手順がひとつふたつ多いか少ないか。また、少々厳しいコンディションの許でも普段通り難なく使えるかどうか。

そうした部分を仔細に確認していくと、「ほとんど差がない」の「ほとんど」に隠れているところを見逃してはいけないのだと気づく。ほんのわずかな差が、のちのち大きな違いとなって現れ、印象づけられていく。

だから、「ほとんど差がない」の「ほとんど」の部分をないがしろにせず、きちんと埋めるかこそが、ものづくりやサービス構築では、極めて重要になってくるわけです。

で、今回の話は……北海道・帯広の飲食店街がテーマです。

ページ冒頭の画像は、「北の屋台」。2001年のオープンで、中央通路を挟んで全20の屋台が立ち並ぶ飲食施設です。ここ、21世紀に入って全国各地に増え続けている屋台村の元祖といわれる存在。後発の屋台村に大きな影響をもたらしたことは間違いない。

なぜ今回、帯広の、しかも開業して18年も経つ屋台村の話なのか。

私、週の半分は地方出張という仕事生活なこともあって、各地の屋台村を目にする機会が多いのですが、なかには開業時の勢いが廃れてしまい、さびしい状況になっているところも少なくないことを、実体験を通して知っています。しかし、屋台村の先鞭をつけた「北の屋台」に関しては、18年を経ても、どの屋台も満席続き。それも週末に限ったことではなくて、ごく普通の平日だって混みに混んでいる。

いったい、これはどうしてなのか……。今年(2019年)の2~3月にかけて、帯広を3度訪ね、「北の屋台」の全店舗を一般客として体験してみることにしました。

わかったのはまさに、後発の屋台村とは、店のありようや運営法に「ほとんど差がない」ように見えて、実はそうではなかったこと。さまざまな「わずかの差が積み重なった」のが大きい、という事実でした。

距離が近いのは「誰と?」

では、そうした「わずかな差」とは、たとえばどのようなものなのか。私が取材してきた結果をまとめてお伝えしますね。

まず、これは「北の屋台」を訪れた人ならすぐに理解できる部分なのですが「店主と客」そして「客同士」の距離がすこぶる近い。

上の画像をご覧いただくと、おわかりになるでしょう。「北の屋台」の各店舗はすべて、コの字型のカウンターで揃えられていて、席数は8~9というところです。物理的に「近い」から、話も弾みます。心理的にも「近い」ところがミソで、どの屋台を訪れても、客同士がフランクに会話を弾ませている。それが煩く感じられないのは、各店主が絶妙に采配しているからでしょうね。

これが実は、また別の「わずかな差」をも創出しています。

地元・帯広のタクシー運転手さんが言うには

「『北の屋台』に行くと、よそから来た観光客や出張客の方々と気軽に会話を楽しめる。だからしばしば足を運びますね」

そうなんです。「北の屋台」が、他のいくつかの屋台村と相当に違うのは、「たくさんの地元客が常連として付いていること」にあります。これ、ありそうでそうそうない。屋台村は観光向けと認識されているような地域も存在しますからね。「北の屋台」がとても興味深いのは、「十勝管内の地元客」「十勝管外からの道内客」そして「道外からの客」と、見事なまでに三層の客層をバランス良くつかんでいるところです。

会話が弾むことが、地元客を惹きつけている要因なのか。いや、ほかにもあります。

この「北の屋台」、距離が近いのは、店主と客、あるいは客同士だけに限らない。「店主と食材生産者」もまた近いんです。

農作物や魚介、精肉などを扱う生産者や卸業者の方々が、この屋台村を「食材のお披露目の場」と認識していて、しばしば売り込みにやって来る。私も屋台で過ごす時間のなかで何度も、そういう場面に遭遇しました。

ただ売り込みに来るだけではないのが、また大きいんです。そうした生産者たち、一般客としての立場でも「北の屋台」の常連となっています。要するに、自分たちが育んだり獲ったりしてきた食材を、ここに来る客たちが楽しんでくれているか、自身の目で確かめようと努めているんですね。あるワインバーでパンチェッタ(塩漬けした豚肉)を食べていたら、隣の客から「その豚、美味しいですか」と突然尋ねられました。聞けば、まさにその肉を納めている生産者でした。

生産者と近いとどうなるか……。長く地元に住む人でも気づかない旬の食材は屋台に並ぶし、あるいは見知っている食材であっても、驚くほどにとびきりのものだったりする。だからこそ、地元民が足繁く「北の屋台」に向かうのですね。ある常連客が問わず語りにこうつぶやいていました。「ここの屋台って、どこもレベルが高すぎる」。

でも……。実は2001年の開業当初、「北の屋台」は泣かず飛ばすだったそうです。それも最初の3年間、低空飛行を続けた。

運営に携わる、北の起業広場協同組合事務局長はいいます。

「夏のオープンだったのですが、『秋風が立つころには潰れるんじゃないか』とまで噂されていたんですよ」

そこから、どう快進撃を遂げたのか。それは後ほどお伝えするとして、もう少し、他の地域の屋台村との「わずかな差」について、先にお話ししますね。

隣り合うライバルと協業も

ちょっとだけ、話が横道に逸れます。

いろんな街の商店街を見ていると、ひとつ、うんざりすることがあるんです。それは「隣り合う商店街同士、仲が悪いこと」。地場の商店街が厳しい状況にある、こんな時代なのだから、手を取り合えばいいのに、と、まあ、私などのよそ者は思ってしまいます。道を1本曲がっただけで「あそこの商店街とウチは別ですから」となるのは、消費者にとってはどうでもいい話ですし、そのことで商店街同士が連携を取らないのは、結局は消費者への便益を削ぐことになる。

帯広のことに戻りますね。「北の屋台」のオープンは先にお伝えしたように2001年です。そして2010年、「北の屋台」の真向かい、道路を1本挟んだ真正面に、今度は「十勝乃長屋」が開業します。それが上の画像。

「十勝乃長屋」は、屋台ではなくて4棟の長屋からなる構成です。1店舗あたりの面積は、「北の屋台」が3坪なのに対して、こちらは4坪半とやや広い。店舗は19を数えます。

普通に考えればライバルもいいところ。ここもまた反目し合う状態なのかと思いきや……そうとも言えない。たとえば、地元産ワインのイベントなどで共同開催を重ねています。いや、よく連携できたものだと思います。

なぜ? まずは「北の屋台」側の話から。

「イベントというのは、規模を広げていってこそでしょう。だから地元ワイナリーに『十勝乃長屋』にも声をかけましょう、と迷わず提案しましたね」

「十勝乃長屋」の側は?

「同じときに同じイベントで協業するって、大事でしょう。それに常々、各店舗には伝えています。『北の屋台』は私たちの先輩であるのだから、こちらは一段下だというくらいの気持ちで日々の仕事をしていかねば、と」

大きいのは、「北の屋台」も「十勝乃長屋」も、民間がなしているプロジェクトという点にあるかもしれません。決断が早いんです。

「北の屋台」は地元青年会議所のOBたちが企画して、よそに先駆けて屋台村を作り上げた。構想段階では「街にすでにある飲食店と食い合わないか」「そもそも、こんなに寒い土地に屋台なんて成立するのか」と非難轟々だったそうです。

「でも、そもそもが、帯広の中心市街地から人が消えつつあったんですよ。食い合うもなにもないわけです」(「北の起業広場協同組合」)

「十勝乃長屋」は、地元不動産会社が長年温めてきた企画を花開かせたものです。

「木造の長屋仕立てにすることで、当局からの許可がおりやすくするという狙いもありました。そして店舗の陣容では『北の屋台』としっかり棲み分けできるように心がけています」(「十勝乃長屋」)

行政主導ではなく、民間の力から生まれた両プロジェクトだからこそ、民間ならではのスピード感で協業も成せたのだと感じましたね。

多彩な店で、地元客をつかむ

並び立つ両者の棲み分け、ですが、私が感じた限り、十分にできているように見受けられました。「北の屋台」も和食からアジア料理、フレンチまで幅広い構成ですが、「十勝乃長屋」もまた巧みな配置です。こちらのイタリアンは地元若年層でいつもほぼ埋まっていますし、ちょっとひと息つけるバーもあるのがポイントにも挙げられます。

そのバーなのですが、オーナーを含め、手練れのパティシエが揃っていて、毎日夕刻に店内で焼くシュークリームは、連日早々に売り切れになっていました。それが、上に掲載した画像です。帯広の中心市街地にはクラブ(踊るほうではなくて、飲むほうのです)やスナックが多く、それぞれに地元常連客が付いています。

そうした客たちが、まず「十勝乃長屋」に立ち寄って、クラブなどの女性スタッフにシュークリームを差し入れする、という姿が定着しているようなのですね。地元客が媒介となって、帯広の店々をつないでいる感じになっているのに、とても好感を抱きました。

さあ再び、「北の屋台」のことをもう少し詳しくお話ししていきましょう。

先ほど、少しだけお伝えした、立ち上げ当初3年間の苦闘とはなんだったのか。北の起業広場協同組合の事務局長に振り返ってもらいます。

最初の3年間を耐え続けた

「最初は、店舗の定着もままならなかったんですよ」

年間12万人が今も訪れ、各屋台が連日満席となっている状況からは、ちょっと想像しがたいような立ち上げだったのですね。

2001年のオープンに際して、店舗を募ったところ、焼き鳥店やおでんの店などがいくつも重複。最も多かったのはラーメン店だったといいます。つまり、旧態依然とした屋台のイメージを超える分野の店はほとんど手を上げてこなかった。

「これでは屋台村の多様性が損なわれるので、再度、ジャンルを広げようと動きました」

料理ジャンルだけが問題ではありませんでした。「北の屋台」は構想段階から、ひとつの旗を大きく掲げていました。それは……ここをあくまで個人の起業を促す場にすること。だから、すでに営業を続けている飲食店の2号店や、チェーン店の出店は排除しようと考えた。起業を目指す人にとっては、屋台ならば初期投資は低くて済むし(おおよそ200万~400万円)、さらにこの屋台村で力を蓄えたうえで、ここを卒業して、街場に巣立っていってほしいという願いもあったそうです。

「店主イコール契約者という大方針を守ることで、店舗経営に全責任を担ってもらいたかった。雇われた店長では全権を持っていませんから、独自性を出しづらいし、顧客のニーズに応えるための即断もしづらい」

そういう方針を掲げたにもかかわらず、最初のころは、チェーン店なども応募してきたといいます。起業を目指す個人に向けた空間という根幹を理解してもらい、定着させるまでには相当な苦労があった様子。

そして、もうひとつ。契約は3年としています。3年経ったら、ゼロから全20店舗の屋台をどう構成するかを会議にかける仕組みをとった。実際には、会議ごとに契約更新している店舗も複数ありますが、それでも3年ごとに屋台の場所まで“ガラガラポン”となる。このことにより、店舗に緊張感を持ってもらうという狙いです。

これも賛否両論あったそうです。3年後に契約を更新したとしても、屋台の位置は変わるわけで、敷地内での移動とはいえ、場所を動かすにはなんやかやでコストがかかりますから。

こうした大方針、18年間、守り続けているそうです。それはなぜ?

「ここがぶれてしまっては、そもそもどうして『北の屋台』を立ち上げたのか、大元となるその考えまでがぶれてしまうからです。組合が全体を運営し、各店舗がその許で経営をなす。そうした意思決定の系統も崩してはならないという思いもありました」

そうですよね。地元に人を呼び戻す、起業する店主を応援する、それこそが大事なわけで、組織の意思決定の仕組みが揺らぐと、ただそこに屋台があるだけ、となってしまいかねない。これは、こうした飲食施設にとどまらず、すべての地域活性化プロジェクトで重要な部分であると、私も強く思います。

開業から3年……客足が伸びなかった状況においても、大方針は動かさなかった。

「組合も各店舗も『とにもかくにも、3年間はこの方針で頑張ろう』と声を掛け合いました」

その結果、4年目に「北の屋台」は花開きます。ここが先鞭をつけたことで、全国各地に後発の屋台村が徐々にでき始め、それが屋台村ブームを形成することになった。その人気が元祖である帯広にもフィードバックされる形で、波及効果を生んだのです。

その際に、もしも「北の屋台」が基本方針を崩してしまっていたとしたなら、今の隆盛はなかったかもしれません。3年耐えたことが、ブームの波及効果をものにできた大要因であったと思います。

屋台があるだけではダメ

ここまでお伝えしてきて、皆さんにもお分かりいただけたと思います。

「北の屋台」の最も大きな要素は、つまり「屋台が集まっている」というハードウエアのインパクトでは決してないのですね。

屋台という姿はあくまで、存在を広く伝えるきっかけであり、また、個人が起業しやすい形態を作るための装置である。「北の屋台」が、後追いしたよそとはひと味違う屋台村として異彩を放っている、その底流にあるのは、「屋台の生かし方」の独自性にほかならないわけです。

「そうです。屋台を並べるだけではダメなんです。ここでないと食べられないもの、飲めないものを提供し続ける体制構築こそが大事です」

屋台が並んでいる姿だけ見れば、ここもよそも、そう変わりはありません。いや、もっと華やかな見映えの屋台村ならば、他地域に存在します。

また、1店舗や2店舗だけずば抜けた実力のある店舗を有する屋台村であればいいのなら、他にも挙げることはできるでしょう。

ここは、「すべての店舗がレベル高すぎ」と、食に聡い客に言わしめる屋台が揃っている。緊張感を持って各店舗がしのぎを削る体制ができている。競争だけではなくて、食材の融通など、隣り合う店舗が力を合わせる空気も醸成されているとも聞きます。

人気が高まった4年目以降も、苦労の連続だったそうです。土地の賃料の値上げに見舞われた局面もあり、また、開業メンバーが運営をめぐって激論する局面もあり……。

それでも、よその屋台村にはない「わずかな差」を、愚直なまでに18年間積み上げていった。そのことこそが、今も繁盛し続けるいちばんの理由ではないかと、私には感じられました。

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